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oseibo
【しょうがついゅ】 正月用の魚
 島の正月は”いしょむん”(海産物)がないと始まりません。
 我が家では三献の”すぃーむんいゅ”(右側の椀に入れる魚)の”はーじん”(スジアラ)または”ねばり”(ハタ)と、刺身用の白身魚、イカ(もしくはタコ)は必須”しょうがついゅ”です。
 漁師はもとより海キチ達はしょうがついゅぐらいは自分で獲ろうと、年の瀬が近づくと朝な夕なに海岸へおりてきては荒れ狂う海を眺める日が続きます。


 今月に入りシケ続きで家と海岸を往復するだけの毎日でしたが、今日は久しぶりのベタ凪だったので”いしきゃ”に”電灯潜り”(夜間素潜漁)に行きました。
 エビ網を張った後しばらく潜ると”こぼしょめ”(甲イカ)や水イカ、イセエビ、夜光貝、魚等が獲れました。
 正月前は”ぶいんのいゅ”(生魚)はもちろんですが冷凍庫に眠っている(邪魔な?)”いしょむん”をお世話になった親戚や近所に配りお歳暮にします ☆⌒(*^-゜)v アリガッサマリョータ!! 。
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081224wreath
【せねとらむんのせっくばたらき】 怠け者の節供働き(島の諺)
 普段は怠けているのに、皆が仕事を休む節供の日にわざと忙しそうに働く人を言い当てた言葉で、どちらかというと”毎日しっかり働きなさい”というより、”遊ぶときはみんなと一緒に楽しみなさい”という意味だとに思います。
 島には”せねとらむんの-”(怠け者の)に続く諺がいくつもあり、他に”ふうにむち”(重荷持ち)や”みっかばたらき”(三日働き)、”どーぐけし”(道具壊し)などがあってどれも含蓄があり身に覚えのある言葉です。


 今日12月24日はクリスマスイブ、まさに一年の節供日です
 今年はシゲちゃん家族と合同パーティーをしようとプレゼントや料理(メインはいせえびホイル焼とあばすチゲ鍋!)を準備していたのですが急遽仕事でキャンセルになってしまいました
 常在戦場の職場なので甘えたことは言ってられませんが、「かんべんしてくれよ~ボス。ワンな節供働きどー。」とボヤキのひとつも出てしまいます
 まぁー元々クリスチャンでもないし気持ちを切り替えて仕事に行ってきます
2008.12.22 あたり
081222atari01【あたり】 屋敷内菜園(住居形態)
 島の住居は”おもて”(母屋)と”とぐら”(台所)の二棟造りからなり、屋敷内には便所や風呂場、農具倉庫、家畜小屋のほか”あたり”と呼ばれる菜園が配されていました。
 ”あたり”は”はて”(畑)とは異なり、ネギやニラといった手軽に収穫できる葉物を中心に多種類の野菜が少量ずつ植えられていました。
 現在ではこのような住居形態はめっきり少なくなりました(奄美市の市民文化センターには古民家が移築保存されて懐かしい空間を醸し出していますよ)。


081222atari02 我が家も元々は二棟造りでしたが、とぐらを解体し、改築したおもてに住んでいます(築40~50年のおんぼろ家です)。
 庭は手入れが行き届かずとてもあたりなどできる状況ではないのですが、最近、犬小屋の周りなど人が歩かない場所に”みすな”(高菜)が生えてきました
 みすなは畑の周りやあぜ道に植えられ、鍋や味噌汁の具、島つきあげと炒物などして美味しい旬の半野菜(?)です。
 植えてもいないのに勝手に生えてきて敷地内のあちらこちらに”あたり”をつくっています
 今晩から毎日みすなの味噌汁ど
2008.12.21 ふりむん(2)
081221rindou
【ふりむん】 馬鹿者
 馬鹿者(気がふれた人)という意味の方言で、他にも”ふり”、”ぼっと”、”たらむん”などの禁止用語があります。
 スーパー林道(奄美中央線)を通って島を縦断する奄美ジャングルトレイルという"ふりむん"な企画に触発され名瀬まで走った話の続きです。


 県道から大名線(だいみょうせん)に入り順調に走っていると、チェーンソーの爆音とともに無残な光景が目に入ってきました(岩崎産業によるチップ用木材の伐採現場です)
 目隠しをするように道路脇には木が残されていましたが、その向こうには一面皆採(丸裸に)された谷が広がっていました。(伐採をレポートしたブログはコチラ)
 環境破壊の現場を目の当たりにして気持ちがへこみ、しばらくはネガティブなことばかり考えて走っていましたが、美しい風景と鳥達のさえずりがすぐに心を和ませてくれました
 ベタ凪の浦内湾を眺め、「ふりむんなまねせんでエラブチ突きに行けば良かったやー」などとつぶやきながらひたすら足を進めました。
 山道は両側から梢が覆いかぶさりトンネル状の日陰道になりとても涼しく心地よく走れました。
 なによりスーパー林道は山の尾根伝いを走るので島の分水嶺(太平洋側と東シナ海側)を跨ぐような気がして征服感が湧いてきます
 本番に出場すると決めたわけでもないのに、「シューズやウェアはどんなのがいいかい。」とか「バナナは2本で足りるかい。」とか考えながら走ってました
 そうこうしてるうち、予定よりだいぶ早い3時間足らずで目的地の金久中学校へ到着しました。
 最近のトレーニングの成果か足腰は十分持ちそうです(幸い翌日も筋肉痛はありませんでした)。 
 ただし、化繊のトランクスが肌に合わなかったらしくデリケートな○玉がこすれて赤く腫れてしまいました
 本番に出場予定の人はピッタリフィットのブリーフを着用した方がいいですよ
 なお、20kmの全行程は次のとおりでした。

 08:30 国直発・県道を名瀬方面へ直進
 08:45 県道から大名線へ右折
 09:20 大名線から川平線へ左折
 09:40 川平線から奄美中央線へ左折
 10:00 奄美中央線・金作原三叉路を左折
 11:00 奄美中央線終点・赤碕方向へ左折
 11:20 赤碕三叉路を塩浜方向へ右折
 11:30 金久中学校前着
 
2008.12.20 ふりむん
081220rindou
【ふりむん】 馬鹿者
 馬鹿者(気がふれた人)という意味の方言で、他にも”ふり”、”ぼっと”、”たらむん”などの禁止用語があります。
 ところで、先週の日曜日に自転車で島を一周する(最長240km!)奄美大島チャレンジサイクリングという大会があり、島内外から178名の筋金入りの”ふりむん”達が参加しました(その様子はススムーチョのブロブサモガリのブロブで紹介しています)。


 そんなふりむんな大会を企画したパワースポーツが、来年2月に奄美ジャングルトレイルと銘打ってトレイルランニング(山中競走?)を計画しているという話を聞きました。
 スーパー林道(奄美中央線)を通って20kmと50kmを走破するというまたまた”ふり・ぼっと・たらむん”な大会です
 「スーパー林道は水がないしケータイも通じらん、なによりハブやイノシシが出るどー。」と、小馬鹿にしていましたが、今朝名瀬までを走ってきました(ハイ、20kmトレイルコースです)。
 8:30に家を出発し、大名線から林道に入って11:30には終点・金久中学校前に到着しました(詳しくはのちほど)。
 爽快な汗をかいた後、12時前には”焼鳥てっゃん”に飛び込んで「生ビール!」と、駆けつけ3杯グビグビ飲み干しました。
 鳥刺を食らいながら「4杯目は焼酎にしよーかい?」とつぶやくと、迎えに来たチビKに「おまえはふりむんかー」と連れ戻されました。 ふりむんは幸せじゃやー
2008.12.19 ねかんばて
081219nekan01
【ねかんばて】 みかん畑(農業)
 奄美の農業といえばサトウキビが基幹作物ですが、耕地が少ない島の中南部ではかんきつ類やスモモ、パッションフルーツといった果樹栽培が盛んです。
 特にタンカンは飛躍的に生産が拡大し奄美果樹のエースと呼ばれています。
 また、2月以降に収穫されるタンカンに比べ12月に収穫されるポンカンは贈答品として重宝され根強い人気があります。

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 わが家の”やんくし”(家の裏)にあるかずおオジの”ねかんばて”(ミカン畑)にはタンカンをはじめポンカン・花良治ミカン・スモモ・島バナナといったいろんな果物が植えられ、一年を通じて収穫できます。
 欲のない(というかテゲテゲな)かずおオジなのでいつも収穫の時期になると、「放っておいても鳥の餌になるだけだから好きなだけ取れよ。」と言ってくれます。
 今年のポンカンも「手が届かないから。」と、半分以上残っていたので脚立を担いで収穫に行きました
 作業のさなか見慣れない小ぶりのミカンが熟していたので食べてみると”桜島小ミカン”でした
 以前に仰々しく箱詰めされた本場の桜島小ミカンを食べたときはゴワゴワとした皮と酸味の抜けたボヤけた味のミカンに思えたのですが畑のそれはまったく別物で、適度な糖度と酸味、清涼感に富んだ香りは絶品でした
 いつもはあまりミカンを食べない兄ょですが今日は10個以上食べ、さらに夜は皮を焼酎に入れて飲みました。
 放置されていた小ミカンですが新しい(秘密の)島の味を見つけた気がして嬉しくなりました
 味見をしたい方はかずおオジへどーぞ。
【しぐとぅやいそがしゃんちゅにたんむぃ】 仕事は忙しそうな人に頼め(島の諺)

 「怠けがちな人がのらりくらりと暇そうに仕事をしているのに比べ、優秀な人ほど忙しくてもさらに仕事を請けて素早くこなすので、頼みごとは暇そうな人ではなく忙しそうな人にお願いしなさい。」という意味。
 また転じて、「忙しく仕事を抱えているときは迅速にこなせるが、暇になるとかえってゆっくりしがちなので計画性を持って働きなさい。」という意味もあります。


081210ishikya

 もともと能力が2.3分足らない兄ょですが、後段の意味は胸に突き刺さります
 今週は休日が続いたのですが、飲んだくれて怠惰に過ごしてブログの更新さえ途絶えてました。
 島の冬は季節風が吹き荒れて潜りに行けないので生活習慣が狂いがちです(冬場は軽~く依存症気味の兄ょです)。
 まだあと2日休みがあるので海以外の企画を考えて遊ぼー
2008.12.12 こぼしょめ(2)
081212kobusime
こぼしょめ】 甲イカ(魚類名)
 コウイカ目・コウイカ科・コブシメ。
 こぼしょめは水温が下がる11月から4月頃まで産卵のため沖合から浅瀬に寄ってきます。
 昼間に遭遇するときは警戒心が強く触腕をV字に構えてすぐに逃げますが、夜間は近寄っても逃げずに一緒に遊んでくれます(ただしデート中やお食事中は体表をブツブツのイルミネーション状にして怒りをあらわにします)。
 見つけたら簡単に突けるのですが、この愛らしい目を見ると罪悪感に駆られます。


  長い間漁に出れずにシゲちゃんネタや集落ネタでブログを更新していましたが、今日は11月1日以来40日ぶりに漁に出たので久々に”ぶいんのいしょむん”(新鮮な魚)ネタです。
 夏場はスキンで潜っていたのでウエットスーツを着るもの半年ぶりでした。
 ドック明けのボートとオーバーホール明けのエンジンで快調に”いのはま”を目指したのですが、西からのうねりが強く宮古崎を回れ無かったので予定を変更し、”みゃくばま”から”さきのはま”の”宮古崎方面湾内コース”で潜りました。
 みゃくばまのイノーを潜るとすぐにこぼしょめに出くわしましたが、3kg以下の”なしぶり”だったので「だいばん(大きく)なって帰って来いよー!」と写真だけ撮ってスルーしました。
 季節柄、こぼしょめはお歳暮、成人祝、七草祝、卒業祝、入学祝等の大事な贈答品になります(島のこの時期はお祝いが続いて大変なんですよー)。
 今シーズンもよろしくたのむどー
2008.12.10 ささんと(2)
081210asanto
ささんと】 笹ン塔(地名)
 丈の短い笹(琉球竹)に覆われたみゃくざきの丘陵部。
 丘の上に立つと今井崎~横当島~大山崎と東シナ海の絶景が広がります。
 荒波によって削りられた断崖と、強風によって矮小化した笹が宮古崎の環境の厳しさを物語っています。
 小さい頃に集落親子会のレクレーションや学校の遠足でよく遊びに行った楽しい思い出がいっぱいあります。
 現在は集落駐車場からの遊歩道と県道からの乗り入れ道がありますが、どちらも道路が決壊しているので通行には十分注意が必要です(徒歩で2,30分掛かりますが行く価値はありますよ!)。


 昨日までの灰色どんよりのユーウツな空に変わって今日は朝から晴天ポカポカ陽気です
 天気がよくて仕事が休み、そのうえチビKもいなけりゃ潜りへGO-なのですが、北風が強くうねりも残って海に行けないので今日はゼロクリ号を拝借し、ネコ(森家のネコという名の犬)を連れてささんとへ一人遠足に行きました。
 リュックの中身はニューススムのあんドーナッツとガーナチョコ、モルツビールとれんと二合瓶、お茶ポットと文庫本です。
 いつも”しーぎり”(必死で)潜っている場所を吞気に眺めながら飲むビールは格別に旨かった
 尾根を超え谷を転げながらネコと競争した後にあんドーナッツを分け合って食べ、しばらく本を枕に笹の中で昼寝をしました。
 330度海に囲まれた岬の先端での昼寝は東シナ海からのエネルギーを貰い、元気ハツラツで帰路につきました
2008.12.08 そーしき
081208haka
【そーしき】 葬式(儀礼)
 出産や婚姻、葬式といった儀礼は地域ごとに独特の風習があり、島々(集落)における民俗文化といえますが、生活様式の近代化や過疎化から現代風にアレンジされ日々変化しています。
 特に葬式は火葬の一般化と葬儀屋の参入により大きく様変わり(内地化)し、伝承されずに消滅の危機にある風習があるのでそのいくつかを列記してみます。

○ 土葬から火葬に変わったことにより無くなった風習
 いけぇふり:池(埋葬の穴)掘り、やぎょづくり:家形作製、まえじゅくつくり:焼香台作製、まかやどまあみ:真茅苫編、へごきり:ヘゴの切り出し(ヘゴは土中でも繊維が朽ちないため埋められた)

○ 業者(葬儀)屋に委ねることにより無くなった習慣
 しにみず:死水(死者を拭き清める)、ぬりぶねつくり:棺作製、とむねばた:弔い旗、つか:塚、わらじ:草鞋

○ 生活様式の変化等により無くなった習慣
 こしょで:後手(葬式におけるいくつかの仕草を後手で行う)、しじゃらぎ:ヤブニッケイの葉を炙って棺に入れる(匂い消し)、たい:松明(以前は夜が暮れてから出棺していた)、しゅーあみ:潮浴み(現在では海水の代わりに焼酎で手を清める)、みきゃなんか:三日七日(死後3日目、7日目に墓参り行っていたが葬儀の同日に引き寄せて行くようになった)。


 短い間に続いた葬式の作業中に国直や各地域の葬式風習が話題になり、個人的にとても”そーしき”に興味が湧いていたさなか、「奄美琉球の民俗文化~葬送儀礼の外部化を中心に~」と題してタイムリーな講演が村の公民館であり、偶然そこに立ち会う幸運に恵まれました。
 奄美大島体験交流受入協議会主催による”しまコンシェルジェ第6回講座”で行われた琉球大学教授津波高志先生による講演で、地域社会の人々によって行われていた儀礼行為の変化について奄美と琉球の比較を交えた講義でした。
 綿密なフィールドワークに基づく、具体的で詳細なお話は大変興味深く有意義でした。
 先に列記した事例の多くは先生が講演でお話になったことと、田畑千秋先生の著書”奄美の暮らしと儀礼”(名音出身の川畑豊忠翁の口承)からの転記です。
 自分なりの経験と解釈から記述しているので誤解や事実と異なることがあるかもしれません。あしからずご了承願います
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