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2008.11.28 なば
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【なば】 椎茸(しいたけ)
ハラタケ目・キシメジ科・シイタケ
 椎茸栽培は、冬場に切り出し1m程度に玉切りした”しいぎ”(スダジイ)の原木にドリルで深さ2Cm程度の穴を開け、”種駒”(椎茸菌を培養した木片)を打ち込んだ”ホダ木”をつくることから始まります。
 菌が活着したら、日差しが当たらず水はけ、風通しのよい場所にホダ木を積み上げ、菌の状態を見ながら展開(並べて広げる)や天地返し(菌が均等に広がるよう引っくり返す)、散水をします。
 我が家の”なば”は放任主義で、2年前に菌を打った20本のホダ木を”やんくし”(家の裏)に放ったらかしにしていました(もちろん展開や天地返し、散水といったややこしいのはナシです)。

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 「見てごらーん」と、庭の掃き掃除をしていたチビKが両手いっぱいのなばを抱えて走ってきました。
 「はぶじー!」兄ょも驚嘆の声をあげました。
 今シーズン初物の立派ななばです。 急に季節風が吹き、気温や湿度が低下したので発生したのでしょう。 どれも肉厚で菌糸を吹いた上物です。
 折しも、「今日の夕飯は勝ちゃん夫婦から出産祝に貰った黒豚をしゃぶしゃぶで食べようや。」と話してたので、”渡りに船”、”鴨にネギ”、”豚しゃぶに生なば”です。
 霧島高原ロイヤルポークも美味しかったけど、今日のしゃぶしゃぶは柔らかくジューシーな生なばがメインでした。
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【てっぽうとぎゃ】 水中銃(漁具)
 RIFFE EURO 120
 アメリカ製ライフ社の木製水中銃で、射程距離の長さと命中率の高さ、機関部(引き金)の精巧さは現時点でのベストオブ”てっぽうとぎゃ”といっても過言ではないでしょう。
 特にユーロシリーズは振り回し易いスマートな形状と、(ヨーロッパ製品と比べ)比較的安価な価格設定から最も人気がある水中銃です。
(興味の無い人には度々のつまらない話でスミマセン)。


 ライフ製とぎゃは見た目の美しさからついつい過保護にしがちです。
 ダイブウェイズがマイペースでつれまわす島娘の扱いとすると、ライフは気を使いながらご機嫌を伺う内地娘の扱いといったところでしょうか。
 ダイブウェイズなら一日炎天下にさらしてもテキトーにすすいで倉庫に放り投げるのですが、ライフの場合は船上で日差しが強いとそっと布を掛け、家に持ち帰っても木肌を植物性オイルで丁寧にケアするなどのメンテナンスを欠かしません。
 ”きょらむん”(美人)で”でけむん”(働き者)のライフですが・・・やっぱり兄ょ適にはどちらかというと島娘のようなダイブウェイズ方があってるような気がします。
 少々の紫外線など吸収する健康的な浅黒い肌と、手荒な扱いに耐える丈夫な胴づくり、なにより長年使い込んだ信頼感はやっぱり島娘が一番です。 だろがっ? 
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【てっぽうとぎゃ】 水中銃(漁具)
 DIVEWAYS super MAGNUM(上)・MAGNUM(下)
 国産メーカー、ダイブウェイズ社の水中銃で、構造がシンプルで耐久性が高くトラブルが少ないため漁師の中で最も人気のある”てっぽうとぎゃ”の一つです。
 兄ょは大きくて射程距離の長いスーパーマグナムを昼潜用に、小さくて小回りの利くマグナムを夜潜用に使っています。
 ただし、ダイブウェイズ純正のシャフトや台座、スリングゴム、マズル、止め金等々は奄美近海で使うには不向きな点があり手直し(取替)が必要で、漁師達は漁果を高めるためそれぞれにこだわりをもって改造しています。
 長年使いこなしたてっぽうとぎゃは持ち主のポリシーや愛着が感じられ見飽きることはありません(興味の無い人にはつまらない話でスミマセン)。
 なお、県漁業調整規則により遊漁者(非組合員)がてっぽうとぎゃを使用して魚を捕獲することは禁じられています(ダメダメ君でスンマソン)。


 16年前にてっぽうとぎゃ(下のマグナム)を手にしてから潜りの世界が一変しました。
 その後の行動を考えると人生を変えた一品といっても過言ではないかもしれません。
 それまで子供(素人)の潜りといえば浅海での貝取りとタコ獲りぐらいでしたが、てっぽうとぎゃで泳ぐ魚を突き始めてからは行動範囲や視界、オーバーに言えば人生観さえ変わりました。
 恐ろしい思いもしたけど漁の楽しみや食べる楽しみを教えてくれ、なにより島を大好きにしてくれました。
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【10月のーくたしどぅれ】 10月の釣糸を腐す程長く続く凪(島の諺)
 まだナイロン製品の普及していない頃の漁は、木綿糸を豚や山羊の血で染めた”のー”(釣り糸)を使って魚を釣っていました。
 木綿製の”のー”はよく乾燥させ、定期的に染め直すといったメンテナンスが必要なのですが、旧暦の10月になると、移動性高気圧に覆われ”のー”を腐らしてしまうほど長期間凪ることを言い表した島の諺です。
 しかし、10月の国直(東シナ海側)は西よりの風が吹き出漁できない日が続くので、諺は季節風の風裏にあたる太平洋岸地域の伝承と思います。


 島の秋は地域行事が目白押しで、さながら現代の”ミハチガツ”といった状況が続きます(ミハチガツ:稲の収穫の後に行われる一連の祝祭)。
 十五夜、豊年祭、敬老会、校区運動会、市町村体育祭、キトバレ、モチモレ、駅伝大会・・・日曜日ごとの催し物に忙殺され、私事や家庭は(仕事も?)おろそかにながちです。
 ここ数年、仕事の都合で全面的な協力ができず申し訳なく思っていましたが、今年は阪神の金本ばりのフルイニング連続出場で参加しました(飲み方も)。
 今週の日曜日は締めくくりの集落対抗駅伝大会があり、もちろん選手として出場しましたε=ε=ε=ε=┏(; ̄▽ ̄)┛
 ”うぶし”(重荷)だった行事シーズンが終わりホッとする反面、張りあいが無くなり(飲み方が少なくなり)寂しくもあります。
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【いしょしゃのにぎたれいゅ】 漁師の食べる小骨の多い魚(島の諺)
 「漁師が水揚げする魚の中には”はーじん”(スジアラ)や”あかまつ”(オナガダイ)、イセエビといった1kgあたり3,000円を越す高価な獲物が多数ありますが、彼らが自宅で食べているのは小骨の多い(安い)魚ばかり。」という意味の慣用句です。


 漁師の家では必ずしも高級な”いしょむん”(獲物)ばかりを食べているわけではありません。
 兄ょの父は一本釣り漁師でしたが、あかまつ等の高級魚は値の落ちる小ぶりなサイズだけを自家用において”しょーむん”(上等品)はすべてセリに出していました。
 しかし、自宅で食べる”にぎたれいゅ”(安い魚)が不味い魚かというとそうとは限りません。
 ”はーけん”(ミヤコテングハギ)・”あやぐすこ”(ニジハギ)・”おうぎやちゃ”(ソウシハギ)・・、これらの魚は捨て値同然で取引されますが、その味を知っている漁師達は積極的に釣って(突いて)自家用に持ち帰ります。
 国直鮮魚点では、高級魚よりむしろ古くから島人に愛されてきた”にぎたれいゅ”を中心に取り扱っていきたいと思います。
2008.11.12 まさいちず
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【まさいちず】 マサイチ瀬(地名)
 宮古崎の西側に位置する3つ並んだ岩礁帯で、岬の離岸提のような位置(役割)にあります。
 マサイチ瀬の西側は緩斜面になっており波が立つので、宮古崎を横切る際は中途半端に瀬を迂回せず、”草瀬”と”地ノ瀬”との間の狭い水路を突っ切る方が安全です。
 瀬の名前はマサイチ(正一・政市?)という人物が座礁したことから名付けられたそうで、興味深い話なので島のお年寄りに聞いてまわったのですが、残念ながらいつ頃の人物か、名字や座礁した経緯など詳細はわからず仕舞でした。
 しかし、「きっと、ヘマの多い兄ょの祖先なんだろうなー。」と、ミョーな確信が湧いてきました。

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2008.11.10 ばかいきゃ
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【ばかいきゃ】 トビイカ(魚介類)
 ツツイカ目・アカイカ科
 ばかいきゃは7月から10月の間、黒潮に乗って東シナ海(大和村沖)に現れます。
 シーズンが始まると何十艘ものイカ釣船が漁場に集まり、集魚灯で照らされた夜空はさながらヤンゴ通り(名瀬の繁華街)のネオンのような灯りが煌々と灯ります。
 以前はカーバイドランプでイカを集め手釣りで獲っていましたが、今ではどの船も発電機、集魚灯、自動イカ釣機の3点セットを装備し効率よく操業しています。
 集魚灯の灯り、さばいたイカの”まだ”(墨)の匂い、イカを売り歩くオバの声、どれも懐かしい夏の風物詩です。
 温暖化の影響か、今年は水揚げの最盛期が遅れたうえ11月になった今でもまだ釣れています。


 ばかいきゃは、その”馬鹿イカ”というネーミングや一度に大量に獲れること、また身が固いとの先入観から不当に低い評価を受けがちですが、水から茹でじっくり冷ましすと柔らかくて美味しく食べることができます。
 茹でたあとに(包丁は使わず)手で細かくほぐし、野菜と炒めたり、煮付けると旨みが増し、夏場はどこの家庭でも必ず食卓に上ります。
 我が家でばかいきゃは、天日干しでスルメに加工し、正月の三献(朝祝の儀式)で使う大事な食材です。
 何より今日のような北風が吹き漁に出れない夜、焼酎のお湯割のツマミにかじる炙った自家製スルメは”ぬーゆりまさり”(何にも代えることはできないうまさ)です。
2008.11.06 けんむん
081103kennmunn【けんむん】 森の精(島の妖怪)
 けんむんは本州のカッパ、鹿児島のガラッパ、沖縄のキジムナーなどと同様ユーモラスな島の妖怪で、人間を惑わしたり悪戯したりし、その昔話は枚挙に遑がありません(しかし人間を傷つけたりはしません)。
 島のオジ達はけんむんに出会った話の最後に、「けんむんは今でも生きてるど。」と言い、「人間が山を伐採していつも煌々と灯りを点けるので山奥にこもってしまった。」と真顔で話します。
 けんむんは人間が自然を恐れ敬う心が作り出した妖怪かもしれません。


 絵師のCharlieがブログ”ケンムンの日記”を開設しました(上の絵はその一稿目)。
 Charlieは兄ょの潜り友達、いつも仕事はそっちのけで潜りや波乗りばかりしてるけんむんの様なアニキです。
 魚の目ん玉が大好物で、相撲好き、最近は頭のてっぺんにお皿ができ、風呂嫌いで山羊の臭いがするetc..、最近では一段とけんむんに似てきました。
 イラストという手法で島の自然や文化を表現するCharlieのブログから今後目が離せません。
2008.11.04 きとばれ(3)
【きとばれ】 厄払い(集落行事)
 11月2日日曜日国直では、”くんにょり ハッピー フォーエバー”と題し、盛大にきとばれ(のような祭)を開催しました。

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 中閉めの後、打ち上げが始まったころ胸騒ぎがして家に帰ると、我が家の飼い犬が正に息を引き取ろうとしていました。
 獣医の先生から余命1カ月と告げられ覚悟はしていましたが、13年も一緒にいたので家族同様の存在です。
 呼吸が小さく息を吸う間隔が長くなって、最後は痙攣のような呼吸を数回した後静かに亡くなりました。
 きとばれの最中に息を引き取って村の厄を持っていったのかもしれません。
 思いがけず我が家が一連の悔やみの最後になりました。
2008.11.03 きとばれ(2)
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【きとばれ】 厄払い(集落行事)
 11月2日日曜日国直では、”くんにょり ハッピー フォーエバー”と題し、盛大にきとばれ(のような祭)を開催しました。
 開会に先立ち、児童生徒たちがついた紅白の餅を全集落民に配りました(不揃いな形もかえって好評判)。
 開会挨拶では壮年団長が「今年は大切なオジ、オバを亡くす辛い出来事もあったけど、結いの心で助け合い、いつまでも笑ってすごしましょう。」みたいな話をすると、老人クラブの面々はちょっぴりおセンチになる場面も・・。
 区長の乾杯を合図に宴が始まりました。
 婦人会による腕相撲大会では”因縁の嫁姑対決”の取り組みがあり、意地と意地のぶつかり合いの中、反則攻撃に出る”金ハブ姑”もいました。
 ナンコ大会やカラオケで盛り上がり、最後は八月踊り・六調で雰囲気は最高潮に達しました。
 お年寄りのうれしそうな笑顔に祭りの成功を確信した安堵感と、亡くなったオジオバの顔が思い出されて踊りながら涙が出てきました。
 中閉めの後、お見送りで玄関に出るとお年寄り達が口々に「よかった。よかった。」と言ってくれ、壮年団みんな満足で誇らしげでした。
 自主的に、炊事を手伝ってくれた婦人会や老人クラブの方々どうもありがとうございました。
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