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20150115小正月01

【くゎしょうがつ】 小正月(年中行事)
 1月15日は小正月。
 奄美では別名カメザライといって正月料理を食べつくす日。
 残った塩豚でウワンフネ(豚骨)を煮るほか、トクモチ(床餅)でヒキャゲ(芋餅)を作って食べる。
 また、角松飾りや舟飾りを片付ける日でもある。


20150115小正月03
 【ヒキャゲ】イモと餅米の練り餅
 蒸したサツマイモと蒸した餅米の粉やトクモチを練り合わせて作る。
 村内では「ヨーカトハツカ」といって18日や20日に食べる集落もある。
 ヒキャゲは餅を「引き上げる(片付ける)」が語源か。


20150115小正月02
 【カドマツ】門松飾り
 松と竹、ウラジロを束ねて門口の左右に建てる。
 松はまっすぐに伸びた枝先を使い竹は内地式の斜めにカットしたものでなく枝先を使う。
 カドマツ建ては10年来カズオおじとの共同作業。
 今年も実家ほか5軒と船4艘分のカドマツを作った。
 最初に作った時はユズル(ユズリハ)を間違えて採り直しに行ったこともあったなー。
 もう、カズオおじと一緒に山に行くことはないけど懐かしい思い出じゃ。


20150115小正月04
 「15日は女性が家事を休む日だってダイエーで言ってたよ。」っち帰るなりチビKが言う。
 「さてはギョーカイ団体が売上アップのためムシのいいイベントを作りやがって悪習「恵方巻き」の再来か?」と思ったら意外。 1月15日は「女正月」とウィキペディアに載ってる。
 「本来は人日まで竈を休ませるはずの松の内に、忙しく働いた主婦をねぎらう意味で、女正月という地方もある。」だって。失礼しやした!
 画像は手抜き料理の定番レトルト鍋。新大久保のドンキで買った「サムゲタン」。 朝鮮薬味と糯米のスープがあったまる~。
 「うまいレトルトで十分満足」なんて言ったらぶっ飛ばされるか^^;
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2014.01.01 やーつき(4)
20140101やーすき01
【やーつき】 年頭挨拶回り(年中行事) 2009年のやーつき(1) 2010年のやーつき(2) 2011年のやーつき(3) 2012年のあささんごん
 正月に親戚宅や集落をまわって年頭のあいさつを行うことで“やーすき”とか、”やーまわり”と言います。
 通常は正月三が日を通じて行われる”やーつき”ですが、国直では元旦の内に強行軍ですべての青壮年団員全員宅をまわります。
 今年は涙、ナミダで思い出に残るヤースキでした。


20140101やーすき021
 岡崎家では、ユージ兄が今年成人式を迎える一人娘まりかの昔話をしていると感極まって泣きはじめた。まるで嫁に行く娘を送るくらい顔がくしゃくしゃになっとった。

20140101やーすき022
 盛山家では、普段無口なトッカ叔父が「若者たちに昔の国直を知ってほしいから」と話し始めると、オジの熱い郷土愛に感動したタダシ兄が泣き出した。こうなると涙腺が緩んで涙が伝染し始める。

20140101やーすき023
 座安家では、ハル叔母が「いつもヤースキになると(亡くなった)武志を思う」と泣くと、ユキナリ兄が「子供の成長の喜びと集落へ感謝します」と泣きながらお礼を述べた。しまいには勝に抱えられたアサヒ(カズキの新嫁)が驚いて泣き出すハプニングも。

20140101やーすき024
 塩屋家ではちょっとうれしい涙。難病を発症し骨髄移植を受けた長女アイリが一時帰宅していた。まだまだ東京での闘病生活は続くけど「家族そろって正月を迎えことができたのは本当にうれしい」とケンサクが話すとワンだって泣かずにはおれんかった。

 集落民の優しさと思いやりを実感した今年のヤースキでした。快く出迎えたホストファミリーの皆さん本当にありがとうございました。これからも青壮年団、一致団結して集落を盛り上げていく所存です。たまにうるさくしてご迷惑をおかけしますがどうかお許しください。でぃ、きばらんば。
2013.06.20 くんにょり(6)

【くんにょり】 国直(地名) (1).(2).(3).(4) (5)
 鹿児島県大島郡大和村大字国直
 奄美大島中部の東シナ海側に位置し、白砂の海岸、アダン林とフク木並木に囲まれる小さな集落です。
 方言で”くんにょり”と発音します。


 6月16日国直海岸で開催された『シーガン山下と愉快なな仲間たち』。
 オープニングアクトをつとめたのはくんにょりローカルの面々。
 中でも盛りあがったのは李大慶(Lee Tegyon)の『くんにょりの唄』。
 いつも当たり前に(テキトーい?)聞き流してるけどホントに名曲どー


2012.01.01 あささんごん
20120101sangon01
【あささんごん】朝三献(正月行事)
 奄美大島の正月は家族全員が正装で床の間に正座し、厳粛な雰囲気の中での朝三献から始る。初めにムチヌスィームン(餅の吸い物)、次にサシミ、ウヮーヌスィームン(豚の吸い物)の順番で食す。餅の吸い物には餅、椎茸、昆布、魚、卵が入る。刺身はアカマツ(ハマダイ)などの白身魚が二切れほど。豚の吸い物は塩豚の他、猪や鶏も代用される。食事が済むと、上座についた主人が家族ひとりひとりに「今年も健康で頑張るように」と言葉をかけながら高膳の盃に酒を差し出す。飲み干すとコンブとスルメ(もしくはシイラ)の干物に絡めた干物を両手で授かり一連の儀式は終了する。うやうやしくも身の引き締まる古き良き風習だ。


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 「ショーガツヤ マージン サンゴン スラスィヨ(正月は三献に同席させてください)」
 仕事で使う写真がほしくて正月早々トッカ爺の家にお邪魔した。いとことはいえ自宅以外で三献をいただくのは初めての経験だったが、3世代がそろって卓に向かう姿はほほえましくうらやましくもあった。
 トッカ爺が子供、孫の順に三献を付け最後にサヨ婆に酌をする。「クワァー マガヌ セワナランニシ ドゥクサシ クラスィヨ(子や孫の世話にならないように健康ですごしてくださいと)」言葉をかけると、サヨ婆が「ワンナ ナンオケゲド ナマガデ イキラットゥンド アリガッサマリョータ(私は貴方のおかげで今まで暮らせきましたありがとうございます)」と返盃した。恭しい儀式の中にも互いを思いやる二人のやり取りにウルッときてしばらくカメラのファインダーから目を離すことができなかった。


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 朝三献が済めば青壮年団恒例のやーつきがスタート!(2011年のやーつき 2010年のやーつき 2009年のやーつき
 トネヤのノリおじの家を皮切りに、青壮年団の家にお邪魔し年始のあいさつと各家の家内安全を祈願してまわる。数時間の長丁場だが年始のキトバレ(厄払い)なのでヘロヘロになりながらも全世帯を訪問。毎年ながらの苦行だ(@_@;)
 いつもと変わらない(酒浸りの)国直の正月を迎えています。開店休業の本店ですが今年もご愛顧願います m(__)m
2011.01.10 やまとそん
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【やまとそん】 大和村(地方公共団体)
 わきゃシマ大和村。
 村名は村の中心地である大和浜(やまとはま)の地名に由来するといわれ、大和浜は海上交易の補給基地として多くの”やまとんちゅ”(大和人:本土人)が上陸したと伝えられています。
 ちなみに船着場だったと推測される隣の集落は津名久(つなぐ→船を繋ぐ?)という集落名です。


 画像は村の広報誌「広報やまと」の表紙。
 正月に配布された号は「豪雨災害特別号」として災害特集で発刊されました。
 あまり報道されることの無かった村の被災状況や、ボランティア、全国からの心温まる支援状況などが掲載されています。
 諸事情により村外への発送が滞っていますが村のHPで閲覧できます。
 詳しくはこちらから→大和村HP
2010.10.24 つきぬはがり
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【つきぬはがり】 月の光
 平成22年10月20日、深夜から降り始めた激しいやんどあむぃ(大粒の雨)は3名の尊い命を奪い、洪水や土砂崩れなど奄美大島に甚大な被害をもたらした。
 大和村大和浜では集落背後の滝ノ川山(たきのこやま)から土石流が発生し、岩石や巨木と共に流れ出した赤土が集落を真っ赤に埋め尽くした。


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 仕事が一息つき浸水の状況を見ようと外に出ると東の空に満月が顔を出していた。
 電気が復旧し、落ち着きを取り戻した集落を見守るように輝く月を見ていると、ソウルフラワーユニオンの満月の夕を思い出しここが被災地であることを実感した。
 ソウルフラワーユニオンは神戸が阪神大震災に見舞われた際、楽器とメガホンを手に避難所を廻って音楽で被災者を励まし続けた。
 そのライブから生まれた曲が満月の夕で、家族を失い途方にくれる人々に笑顔を取り戻し、生きる勇気を与えた名曲だ。


20101023mangetu03
 誰も人から施しを受けることは気が引けるし、同情されることなど好まない。
 しかし自分一人ではどうにもならない事もあるし、組織の力にも限界がある。
 そんな中、電話やメールでの励まし、物資や義援金の申し出、ボランティア活動は本当にありがたかった。
 今日行われた復旧作業には宇検村民総勢50名が応援に駆けつけて来てくれた。
 スコップ片手にゾロゾロとやってくる彼らの姿は自衛隊よりも心強く感じた。
 声援・応援をくれた皆さん本当にありがとうございました。みんな元気で頑張ってるどー!
 ヤッサホーヤ! アリガッサマリョータ!


2010.10.21 やんどあむぃ
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【やんどあむぃ】 大粒の雨(天気)
 平成22年10月20日、深夜から降り始めた”やんどあむぃ”(大粒の雨)は激しさを増し、最大時間雨量124mm、日雨量699.5mm、降り始めから800mmを越える歴史的な豪雨をもたらした。



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 大和浜集落の人々が神山と崇める滝ノ川山(タキノコヤマ)でさえ、巨木と岩石、大量の赤土で集落をうめつくした。

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 自然の猛威は場所を選ばない(かろうじて村の文化財は難を逃れた)。

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 道路網は寸断され、陸の孤島と化した村は救急搬送を海路に託した。
2010.06.21 いじゅ
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【いじゅ】 イジュ・伊集(樹木名)
 樹高20m、直径1mにも達するツバキ科の常緑高木で南西諸島の固有亜種です。
 梅雨の最中に白く光沢のある美しい花を咲かせ、濃緑の山肌に点在する真っ白な群落が一際目を引きます。
 また、シロアリ食害に強い特性や硬固な材質から建築用材として広く利用され、イジュを柱にした高倉(奄美独特の高床式貯蔵庫)は虫が付かず鼠の侵入を防ぐと言われています。
 さらには、樹整が整っていることから大木は“すぶね”(くり舟)の材として利用され、湾内での漁労に重宝したと言われています。
 大和村の中央公民館には奄美大島で3隻しか現存しないと言われる立派なすぶねが保管されています。ぜひご覧下さい。


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 「わらぶん時や こーなんて イジュばしゅうじ ウナギ取りしゃっと(子どもの頃は川でイジュをしごいてウナギを捕ったもんだよ)。」
 もう時効だろうから、と懐かしそうに話し出したのは上司のタケ兄
 小さい頃は男家族で川に行き、イジュや“さんしょうぎ”(サンショウ)を川縁の石に叩き付けて樹皮から毒(サポニン)を流すと、ウナギや”まがん”(蟹)、“うぶじろ”(ハゼ)、“やじ”(リュウキュウアユ)といった獲物が酔っぱらった様にヨロヨロと出てきたとのこと
 河口までの1キロ程度の広範囲に毒が効くので”てる”(籠)いっぱいの魚をつかみ取ったらしい
 「毒いゅかでぃ きゃっしんねんてぃな(毒の効いた魚を食べてどうもなかったのですか)?」と尋ねると、「あい、まっさたっと(いや美味しかったよ)」との返事。
 しかしタケ兄いわく、「だんばよ 毒いゅかでぃがろ わきゃけねじょや ためだめ頭ぬひっさなたっちょやー(だけど毒魚を食べたせいかうちの家族は全員髪の毛が薄くなってしまったよー)。」
 「・・・兄ー うりや魚ぬ毒あらんどー 遺伝だりょっとー
2010.01.26 うんしゅぎ
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【うんしゅぎ】 シマミサオノキ(樹木名)
奄美大島が北限のアカネ目アカネ科の常緑小高木。
木質が緻密で堅く湿潤な気候でも耐久性が高いことから、杭材や垂木、杖、漁具、牛の鼻の穴ほがし、さらには除霊のための聖木など広い用途で利用されています。
なかでもその優れた弾力性(反発力)からイノシシ罠猟の跳ね木として利用価値が高く、良いうんしゅぎを多く集めることがシシ罠猟の成果を左右するとさえ言われています。


ジョギングから帰宅すると手頃な”うんしゅぎ”が玄関先に立てかけてあった(もちろんイタチ猟師のシゲ兄しかおらん)
来週に迫った奄美ジャングルトレイル50Kのストック用に気を利かせて兄からのだろ。
本当に有難い  、おがみ山に降りる山道は崖を落ちるみたいからやーマジで。
礼を言いに家によって「昨日はおつかれさ~ん、飲みすぎでどう帰ってきたか憶えとらんどー」っち言ったら、「よ~さんのライブどうでした?」っち兄ぃー、あんたそこから憶えとらんのぉー

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