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2010.07.21 やとぅ
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【やとぅ】 リーフの割れ目(地形)
 サンゴ礁が発達してできた岩盤状のリーフの割れ目で、“やとぅ”とか“やとぅんむぃ”(むぃ=穴)と呼ばれます。
 やとぅは、“くし”(リーフ)を越えて“いのー”(礁池)に流れ込んだ海水を排出する排水路の役割を持ち、リーフと垂直方向に(陸から海へ)櫛状に連なります。
 トンネル状に長く延びた穴は昼間でも薄暗く、夜行性の生き物の格好の住処となり、“イビ”や“ハンガヤ”等の甲殻類や“ネバリ”や“ハーユ”といった高級魚が多く生息しています。
 また、水面を泳いで獲物を探す流し泳ぎに比べ、やとぅ潜りは体力を消耗するうえ危険を伴います。
 「夜間電灯潜り漁でイセエビ捕りをしている際、やとぅの中でライトを岩にぶつけたはずみにライトが消灯してしまい暗闇の中を手探りで穴から脱出した。」
 素潜り漁師なら一度や二度はこのような危険な経験があるはずです。


 やとぅに出入りする際は、出口を見失ったり体や付属物が引っかかる等不測の危険を避けるため、「やとぅや いっちゃんむぃら いじりゅん」(割れ目は、入った穴から出る)という格言があります(byえらぶち兄ょ)
 そんな自分で自分に課したルールの意味を再確認させられ、危険な経験をしたことがありました
 うてぃるみずでエビ捕りをしている時の話。

 イセエビに誘われるようにリーフ中央に開いた穴から潜り、「そのうち海側の出口があるだろう。」と、勝手な思いこみで水路を奥に進み20m以上潜行したところで初めて自分の置かれている状況に気付いた
 「恐らく水路は外洋と通じているだろうけど、もしこの先が出口でなかったら死ぬ。 肺の残量はエンプティ間近だけど来た道を引き返すしかない。」
 初めて死の恐怖を感じながら慎重に出口を探し、必死で海面に顔を出したときは窒息寸前で視界は真っ白(ブラックアウト直前)だった
 リーフ上に立ち上がり「うをぉー!!!#$%&!!!」と、人気のない暗闇の中、大声で叫んだ。
 恐怖や安堵じゃなく、軽率な判断でルールを破った自分の行動が腹立たしかったから
 そのトラブル以降は、どんなに安全だと思っても決して穴をスルーすることはなく、「やとぅや・・・」のルールを馬鹿正直に実践してるど
 写真の魚は、やとぅに住み着くかわいい小魚のキンメモドキです(かまらんどぉ)
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2010.01.17 いちゃしき
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【いちゃしき】 板敷・ビーチロック(地形)
 ”いちゃしき”は砂や礫、珊瑚の破片が石灰質のセメント作用で固められた板状の岩盤で、砂浜の潮間帯に海に向かって僅かに傾斜して重なっています。
 国直周辺では崎ノ浜や大浜海岸、ヒエン浜等で見ることが出来ますが、いずれも環境の変化(珊瑚礁の死滅)により砂が流出して出現したもので、あまり好ましい状況とは思えません。
 また、切り出すのが容易ないちゃしきの岩板は建築用材として重宝されたらしく、我が家の庭でも数年前に厚さ10Cm程の珊瑚板を90Cm×50Cmの箱状に並べた”便所跡”が発掘されました。
 なんでも、箱の中に瓶(壷?)を置いて用を足したとか・・・珊瑚板がきれいだったので壊さずに埋め戻しました。


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 天気がいいのでユーハを連れて崎ノ浜に、浜に降りるとスミちゃん親子がいちゃしきにへばりついて貝採り中
 ”ひじゃ”(岩場)ではヤス姉がアオサを掻いてるんで、「宵や、みゃーとおーさのうしゅ汁じゃー」(今晩は貝とアオサの澄ましスープだぜっ)と、ほくそ笑みながらしばらく海岸を散歩。

 いつまでも波がおさまらず”ぶいんのいしょむん”(新鮮な海産物)にありつけんどー エラブチカミチャサー!
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【きゅうきゅうご】 清々川(地名)
 「清らかな川」という名の小川で、国直海岸の北側、”うがんざき”(拝岬)との間にあります。
 新造船の進水式や”ふなしゅぶ”(舟漕競争)の出発時にはきゅうきゅうごの水で船体や身を清めたといわれていています。
 日常の水汲みや正月の若水汲みなどは山すその”てらしき”の川が利用されているので、おそらく漁業関係のみに用いる清めの水だと推測されます。
 いつも冷たくてきれいな水が海岸線の岩肌を濡らしています。
 

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 いつも清らかだったきゅうきゅうごですが、上流に県道が開通してからは側溝の排水が流れ込むようになり急激に水質が悪化し、豪雨時には大規模造成された畑から流出した”はーみちゃ”(赤土)が湾内を真っ赤に染めます。
 しかも最近では県道に隣接した生コン工場からコンクリートのうわずみ液が垂れ流され海に流入する始末(有得んだろーがよ!)。
 他の海域では僅かながら珊瑚礁を中心とした生態系が回復する中、はからずも漁師たちの身を守ってきたきゅうきゅうごが命の海を汚す一因(元凶?)となっています。
2009.06.18 よあて(2)
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【よあて】 横当島(地名)
 ”よあて”は周囲10.2km、面積2.8k㎡という小島にも関わらす標高が495mもあり、奄美大島の最高峰、湯湾岳が標高694mであることを考えるととても急峻な島です。
 波頭と風雨に侵食され鋭利に尖った島の山頂(火口)の内部は断崖絶壁の空洞で、島はさながら洋上にそびえる煙突
 上の写真は東峰5合目付近から西峰を写した写真で(白い小屋や伐採道は竹興行によるビロウ採取跡)航空写真ではありません。


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 オヤジに連れられてヤチローとチビkと横当島登山ツアーに行ったときの話・・・

 5,60kgありそうなダイバン山羊に見物されながらボロボロ崩れる貧弱な斜面を這いつくばって頂上にたどり着いたら、あまりの光景に腰が抜けて○玉が縮み上がった
 島の頂上は絶壁どころかオーバーハングした(被った)崖で今にも滑落しそうな縁
 しかも、火口の中はまるでアフリカ大地溝帯の様な別世界で、ビロウや照葉樹の密林が広がっとる。
 (高所恐怖症なので)ファインダーを見ずに手だけ出して必死で”写るんです”のシャッターを
 ヘタレ登山だったけど横当登頂に成功したのは兄ょの人生の中でベスト5に入る快挙(?)ド
 あれから9年、来月の7月22日にはトカラ列島を中心に皆既日食が繰り広げられるとのこと。
 久しぶりによあてツアーを計画しよーかい ディ!

 ところで・・・島魚・国直鮮魚店、今日で開店から1年が経過しました
 これまでご来店いただいた皆様に深く感謝申し上げます アリガッサマリョータ!
 日々精進して営業いたしますので今後ともご愛顧願います
2009.06.18 よあて
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【よあて】 横当島(地名)
 国直から北西約70kmの東シナ海に浮かぶ無人の火山島で、天気の良い日には富士山型のコニーデを中心に3つ並んだ島影を見ることができます。
 漁師たちは中央と左に見える横当島を”おやじま”(親島)、右側の上ノ根島を”くゎーじま”(子島)と呼び、2島(3山)を総称して”よあて”(横当)と呼んでいます。
 外洋の強い潮流と起伏に富んだ地形からマチ類、ホタ類等の高級魚の生息域として島の漁師達の重要な漁場で有ると共に、親島の南北のくびれ部分は漁船が錨泊する天然の避難港です。


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 平成13年6月18日、勤務中だったけどいつになく横当島が綺麗に見えたので嶺山公園に車を止めて写真を撮りました。
 ”よあて”で漁をしているオヤジのことを考えながら写真を撮り、煙草を吸ったのを昨日のように覚えています。
 父の日なのにプレゼントどころか機嫌を損ねて出港させたことがとても残念でなりませんでした。
 早いもので、暑かったあの日から8年目の夏です。 
2009.06.08 いのー
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【いのー】 礁池(地形)
 島は”くし”(礁縁)と呼ばれる急峻にせり上がった珊瑚礁に囲まれ、くしは台風や季節風の大波から島を守っています。
 外洋から遮断されたくしの内側には、”いのー”(礁池)と呼ばれる浅くて静穏な海域が広がり、そこには珊瑚や海草、魚介類等多様な生物が生息しています。
 いのーは生き物達に産卵場や棲み場を与える”命の海”であり、人々が手軽に海草や貝、ウニ、タコ、小魚などの海の幸を得ることができる”海の畑”でもあります。


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 こちらはNagのウェディングパーティーにも出演していただいた”INOO”(海畑)のよーちゃん。
 先日は絵師のケンムン兄やイタチ猟師のシゲちゃん、サーファーのヒデちゃん達とお家にお邪魔して宴会(ミニライブ?)に
 よーちゃん特製のシーガンスープや焼酎でいい気分になった頃、”くんにょりんちゅ”の二人がオープンニングアクトで名(迷)曲「アダンの杜」やINOOの曲をパクって熱唱
 ワタんこつかんで笑った後は、よーちゃんの「テゲテゲで行こう」をみんなで大合唱
 いつまでも、(帰りの車までも)「テゲテゲで~」のリフレインが止まん、むぃじらい(楽しい)夜でした。
 よーちゃんアリガッサマリョータ!
 ということで、よーちゃんのブログ”南の島のてげてげらいふ”をリンクに追加しました
 てげてげワールドへGO
2009.05.31 まーぜ
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【まーぜ】 馬瀬(地名)
 親川崎の手前、おやごばまのりきごの間に位置する小さな岬で、その形が馬の背中の様に見えることから”まーぜ”(馬瀬)”と呼ばれています。
 まーぜから内側の湾内は比較的静穏域なので、刺し網漁や追い込み漁で利用するポイントです


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 馬つながりということで・・・
 今日は競馬の祭典日本ダービー、1週間前からワクワクしっぱなし
 初めて競馬場に行ったのは芦毛のウィナーズサークルが優勝した1989年のダービー、あれから20頭のダービー馬を見てきた。
 ナカノコールの大歓声を起こしたアイネスフウジン、圧勝で逃げ切ったミホノブルボン、キャリア3戦で頂点に立ったフサイチコンコルド、飛ぶように走り抜けたディープインパクト等々。
 競馬の記憶と当時の時代背景や思い出がリンクして悲喜交々、どれも懐かしいレース
 今年はいったいどの馬が勝つのかウマ吉ならずとも興味津々
 前哨戦の皐月賞では3強の前評判を覆し、アンライバルドがその名のとおりライバルを一蹴する圧勝を収め、人気のロジユニヴァースとリーチザクラウンは13着と14着に惨敗するという結果。
 コース替わりや距離延長でどう変わるのか、新たな伏兵の台頭は有るのか?
 3時40分の発走までテンション、大穴当てたいやー
2009.02.21 ゆりむん(3)
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【ゆりむん】 漂着物
 島の海岸線には多くの”ゆりむん”(漂着物)が打ち上がります。
 昨今問題となっている大陸からのプラスチックごみや医療廃棄物などの漂着ごみはいただけませんが、その昔ゆりむんは遥かネリヤ・カナヤからの贈り物でした。
 ゆりむんには流木や浮き玉、ロープ類に混ざって、大小様々な植物の種子があります。
 遙か太平洋の南の島で熟した種子が海に流れ出し黒潮に漂い島へたどり着き、あるものは長い眠りから目覚め発芽・着生し、あるものは再び外洋へ出て旅を続けます。
 すべてを自然に任せ、偶然の連続を受け入れることがゆりむんの必然の運命です。


    ゆらりゆらり波にただよい たどり着いた南の島で
    忘れられぬ人と遭い 私はこころを決めました
    私はこころを決めました

 2001年に友人のセイドーが発表したアルバム ”yurimun”の歌詞で、加藤登喜子さんの次女yaeさんが唄った名曲です。
 アルバムを通じてセイドーの誠実で素直な、優しい心づかいが伝わってくる逸品です。
 特に龍郷に伝わる悲話を唄った”じょうごの川”の悲哀に満ちた歌詞とメロディは現代に再現したシマウタそのものです。
 いつの日か奄美を代表する唄者、元ちとせ中孝介の二人に歌ってほしいものです。
2009.02.19 ゆりむん(2)
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【ゆりむん】 漂着物
 島の海岸線には多くの”ゆりむん”(漂着物)が打ち上がります。
 昨今問題となっている大陸からのプラスチックごみや医療廃棄物などの漂着ごみはいただけませんが、その昔ゆりむんは遥かネリヤ・カナヤからの贈り物でした。
 流木等はサイズによって建築材や薪として利用される他、浮き玉やロープ類は漁具の材料として利用価値が高いため、台風や季節風の吹いた後は先を競って海岸を散策しました。
 一見無秩序に見えるゆりむん拾いですがいくつか暗黙のルールがあります。
 二つ目のルールは「第一発見者絶対優先(早い者勝ち)。」というものです(一つ目はコチラ)。
 「ゆりむんを見つけ持ち帰ることはできないけど所有権は主張したい。」という場合は、人為的に置いたと分かるよう移動させたり、石を積んだり、ロープを巻いたりと何がしかの意思表示をしておきます。
 それ以後の発見者は決して現状を変えてはいけないし、ましてや持ち去ることなど絶対に許されません(それが島っちゅのモラルです)。


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 先日、港に係留している船の防舷(クッション)を作ろうとヒエン浜にゆりむん拾いに行ったところ”大物”を見つけました。
 長さ8m、太さ40Cm以上の杉材で、傷が少なく角もきれいに残った上物です。
 「船で港まで曳航してユニックで吊りあげられるれるかい。」とか「時価いくらぐらいするかい。」とか皮算用をしながらブツの品定めをしていましたが「アチャーッ」と、思わず落胆の声。
 既に先客がいたらしくご丁寧に「鬼○」とサインがしてありました。
 おそらく顔見知り(なだけ?)の漁師の鬼○兄が潜った帰りに目ざとく見つけたのでしょう。
 これ程まで、「ワンが見つけた物じゃんかなん持っち行くなよー。」と主張されるとどうしようもありません。
 後ろ髪を引かれながらも、そそくさとその場を離れました。
2009.02.17 ゆりむん(1)
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【ゆりむん】 漂着物
 島の海岸線には多くの”ゆりむん”(漂着物)が打ち上がります。
 昨今問題となっている大陸からのプラスチックごみや医療廃棄物などの漂着ごみはいただけませんが、その昔ゆりむんは遥かネリヤ・カナヤからの贈り物でした。
 流木等はサイズによって建築材や薪として利用される他、浮き玉やロープ類は漁具の材料として利用価値が高く、台風や季節風の吹いた後は先を競って海岸を散策しました。
 一見無秩序に見えるゆりむん拾いですがいくつか暗黙のルールがあります。
 その一つは「海岸に横たわって(平行に)打ち上がったゆりむんは持ち帰ってよいが、頭から(垂直に)打ち上がったゆりむんには”まぶり”(魂)が留まっているので決して持ち帰ってはいけない。」というものです。(写真はゆりむんの宝庫大和村ヒエン浜です)


 昭和19年8月、太平洋戦争の最中に沖縄から鹿児島へ向かっていた学童疎開船対馬丸がアメリカ軍潜水艦の魚雷攻撃を受けトカラ列島悪石島沖で沈没しました。
 1,500名もの人々が死亡するという海難史上最悪の大惨事です。
 奄美大島には多くの遺体が漂着し、なかでも北向に広がる宇検村の船越海岸には累々と遺体が流れ着き”肉の海”と化したと言われています。
 多くの遺体が横たわって漂着するなか、1体だけ頭から打ち上がった子供の遺体があったそうです。
 それを見た村人は「まだまぶりが残っている(生きている)に違いない。」と駆け寄るとかすかに呼吸をしており、村人によって少年は救出され一命を取り留めたとのことです(宇検村誌?と安渓先生から聞いた話です)。
 今でも、ゆりむんを手に取ってそのたどり着いた経緯や人間の思いを想像すると”まぶり”の存在を感じることがあります。
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